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平成24年2月16日から
親鸞聖人の帰京の理由
 はい、長念寺テレホン法話です。
 法然上人以前の仏教においては、念仏の行は、厳しい仏道修行の中での添えの行でしかありませんでした。悟りへの道を歩むものにとりまして、助けとなる行ではありましたが念仏をすることによって悟りを得るとは考えられなかったのです。
 ところが、法然上人は、念仏こそが万人が救われる道であり、お釈迦様が8万4千の法門を説かれたなかでも最もすぐれたものであり、専修念仏のみ教え説くことこそがお釈迦様の本意であったと示されます。それまでは称名念仏は、修行の助けとなるものであり助業であるとしか認識されていなかったのに、それこそが正行であって、他の修行は雑行であり、阿弥陀仏のご意志に反するものと否定されたのです。まさに逆転の思想であります。
 その教えの根本には、人間の心の本質を見据えていく目があります。「少欲知足」という言葉があります。東日本大震災を境にして、私たちは欲望を満足させるために贅沢を限りなく求めてきたことに気づかされ、「足るを知る」ことの大切さを学びました。しかし、一時の反省もたちまちにして吹き飛んでしまう現実に気づき愕然とさせられることも日常茶飯事です。むしろ気づくこともなく己が欲望の中を突き進んでいるのが、私たちの真の姿なのかもしれません。
 「少欲知足」という言葉で言うならば、それを実践するために、心を集中し己の欲望をより小さくする努力をするのが、それまでの仏教でありました。法然上人・親鸞聖人の仏教は、「少欲知足」であることは理想であるが、それがままならない現実を踏まえた上で、そのような私をお目当てに働いてくださる阿弥陀仏を信じて念仏をさせていただくことこそが私たちのあるべき道であると示されているのです。
 それぞれ目標が一緒であるにもかかわらずあり方が全く異なります。自力の教えと他力の教えの違いです。自力の方は、行そのものを価値として数値化しやすく、他力の方は、それができません。したがって、教えの深いところまで知ることもせずに、ただ「安かろう悪かろう」との論理で他力の教えは裁かれてきたきらいがあります。
 親鸞聖人が関東から京都へお帰りになられた当時、戒律を重視する臨済宗の影響を強く受けた鎌倉幕府は、その教えの対局に位置する念仏の教えを禁止しています。親鸞聖人は、お念仏の聖として高名でありました。聖人自身に何らかの圧力がかかったことが京都にお帰りになる原因となったとも考えられるのだそうであります。
 次の法話テープの交換は3月1日です。